夢は散れども悔いはなし!公立小学校体験記☆『英心』という場を単に小学校受験の幼児教室としてではなく、私と同じような子育ての悩みをもっておられる方々のご参考になれば…

公立小学校(女児)母親〔娘に内緒:桐朋学園小学校合格・東京学芸大学大泉小学校最終抽選落ち〕

卒業して7年も経っていながら『英心』は大きな心の支え_『英心』は小学校受験で完結される場所ではありません

大変一般的な表現ですが、時の経過とは本当に早いもので一人娘が『英心』を卒業して7年の歳月がたちました。下記に綴ったつたない文章は、『英心』という場を単に小学校受験の幼児教室として宣伝や広告をする為のものではなく、私と同じような思いや悩みをもっておられる方々にほんの少しでもご参考になればと思い書いたものです。
「○○ちゃんのお母様ですか」とお声掛けされる都度、「何か致しましたでしょうか」と口から心臓が飛び出るぐらいドキドキしていたあの頃、私、母親の勝手な思いで、お受験が当たり前の幼稚園とは知らず年中から娘を入園させたのが苦悩の日々の始まりでした。私は仕事柄、時間も不規則で、娘の世話は両親にお任せ状態、娘の心の寂しさなど全く気づいていないどころか、自分の子育てに疑問すらもつ事なくあわただしく日々を過ごしておりました。子供は親の真剣に働く背中を見ていれば絶対に大丈夫などと思い込み、生活のリズムは私の勝手なペース配分で、娘の気持ちに合わせた時間の使い方は一切していなかったにもかかわらず母は無謀とも言える野心を抱き、お受験がスタート致しました。しかし、入園して一週間後に幼稚園のお迎えを頼りにしていた両親が突然のギブアップ、私は理由に唖然、愕然、呆然となり、日々他のお母様とお顔を会わせないよう時間調整したものです。団体行動や協調性などはまるで別世界の事、お帰りの時間にみんなが楽しみにしている本読みや紙芝居タイムが娘一人のせいでなくなる始末・・・・お弁当はその日の気分次第で食べる場所は園内自由主義・・・・少しでも雪が降れば制服は禁物。頭から指先までスキーウェアで完全防備。園庭のど真ん中で大の字になり空をひたすら観賞との事。興味の対象はただただ恐竜と動物(爬虫類か肉食系)ばかりで。困った事にはT-REXの2足走行、時にはライオンの4足走行でお友達を追いかけまわし、その迫力のスゴサに泣き出す子供達が続出・・・そして暇さえあれば、竜の絵ばかり描いていました。書き出したらキリがないので、そして娘が可愛そうなのでこのへんでやめておきます。そんな状況にもかかわらず私はお受験を諦めず、娘のお受験教室を探そうと思い立ったある日、一通の葉書が目にとまりました。ある大手幼児教室の無料体験のご案内でした。不勉強、イイエ無知は最強ともいうべきか、私は娘を連れてその大手の幼児教室をたずねました。若くてスーツをおしゃれに着こなした先生のお顔は、体験前にお会いした時と授業が終わった時とはまるで別人のようでした。幸いにも仕事柄、人の気持ちを察しやすい私は、入塾をすみやかに辞退して帰路につきましたが、さすがに私も娘も無言だった事を覚えております。
そんな時、お受験先輩のお母様より『英心』をお薦め頂き、重い足取りで体験に伺いました。当時の主人はひたすら娘の全てを肯定していたので、私の不安を正確に理解してもらう為、両親そろって『英心』の体験授業に伺いました。教室の後方で、私は娘の小さな背中に「何事もなく無事に終了して!」と強く念じていたかいもありプリントも無事に回収され、最後に先生から子供達に少しお話が始まりました。子供達はやりとげた意識と少々の興奮が漂う面持ちで、顔を上げてまっすぐに木暮先生を見つめ始めたその時です。娘はいきなり鉛筆をにぎりしめ何もない机に・・・天板にスゴイ勢いで何やら描き始めてしまったのです。私の念力も尽き果てたのでしょうか・・・その時、先生がどの様な対応をされたかも、周囲の反応も何もかも目にも耳にも入りませんでした。ただ、やけに娘の背中が遠くに感じていて、まるでテレビのワンシーンでも見ているようでした。体験終了後、事務室で何をお話しすべきかと動揺している私達に木暮先生は何もなかったかのように「娘さんは多感なお子様のようですね。ある意味わかりやすいお嬢様です」と。そして「私にお任せ下さい。」と毅然とおっしゃいました。私達は「宜しくお願いします」と頭を下げるだけしか出来ませんでした。『英心』を出たあと、娘が「私、ここ好き。通いたい。」と楽しげに申しました。私は体からフーと力が抜けて涙が出てきました。これが、『英心そして木暮先生』との忘れられない出会いであり、今に続く私の子育てにおける大きな羅針盤となるとは、その時は想像すら出来ませんでした。
『英心』に通い始めてからも娘の頑固さは相変わらずで、私を悩ませる材料は尽きない日々が続いておりましたが、子育ての悩みを共有できる『英心』のお母様方と、お受験の話が出来る時間も楽しい一時となっていました。そんな一時を過ごして娘をお迎えに英心に戻ってきたある冬の授業の日でした。午後4:00頃には授業を終えて帰っていくお友達やお母様方を、私は一抹の不安を覚えながら一人、受付で見送っておりました。娘がお教室から出てくるのをひたすら待つこと1時間。いてもたってもおられず、お教室の前を右往左往致しておりました。耳をそばだてても中は沈黙の様子で、より不安がつのります。間もなく木暮先生がお教室から出てこられました。先生は平然とされたご様子でおっしゃいました。「今日は点図形をやっていたのですが、間違えた箇所に私がチェックマークをつけたのが気にいらなかったのでしょう。その後、解っていてもわざと間違えるのです。今日は私は絶対に引きませんからお母様もその気でいらして下さい。彼女が折れるまで、例え夜中になろうと私はとことんやります!!お母様も今後一切、時間のない時に無駄なしつけはなさらないで下さい。」と言い残し、娘一人の為に、お教室へお戻りになられました。それから待つ事、約3時間・・・、娘は満面の笑みを浮かべ、全く疲れた様子もなく教室から小走りに出てきました。その点図形のプリントを先生から見せて頂くと、当時子供達の間で呼ばれていた【ナイキマーク = チェック】がなんとプリント2枚に渡り87ケ!!!しかも消しゴムで点すらも薄れている始末でした。むしろ他の難しい問題は出来ているのに、一番基礎問題にここまで何故??・・・。母の疑問をよそに、木暮先生と娘はニコニコしているのです。そして英心を出た時にはすでに午後8:30をまわり、チラホラと雪が舞って来た情景とまた言葉には言い尽くせない先生への熱い感謝の思いがこみ上げてきた事を、今でも鮮明に記憶致しております。この時、私は子育てにおいて決して『Norm = 規範』はあってはいけないと感じました。それまでの私は、口ではお片づけをしないと、このおもちゃは捨ててしまうわよと言いながら仕事の時間をとりたいが為に、私がおもちゃを片付けていました。このプリントをやり終えないとお出かけは出来ないわよと言いながら、結局は帰ってきたらやろうねと言って出かけていました。Normとはやっかいなもので成長すると手がつけられなくなると感じ、これ以上絶対に大きくしてはならないと肝に銘じ、今日に至っております。
残念ながら、お受験はやはり厳しいもので、娘の小学校受験結果は惨敗でした。公立の小学校へと進み、中学受験にてリベンジを謀るも、またまた第一志望には届きませんでした。しかしながら娘は今、学業、部活、生徒会更には小学校の先生方とのサークルと4本を見事にこなし又、将来の夢を持って充実した学校生活を日々生き生きと送っております。難しい年代ですが、家族やお友達との関係も以前の心配はまるで嘘のようです。そんな娘は自分のやんちゃ時代を振り返り、最近は冷静に分析し、苦い経験をプラスに生かそうと致してもおります。そして娘の成長を感じる度に思い出す木暮先生の言葉があります。それは英心を卒業する時でした。「もう、種は地中にしっかりと植えてあります。既に双葉の芽が出てきました。あとは、この芽をしっかりそして大きく育てるのはお母様、ご家庭の役目です。」ポンと肩を押されて送り出されたようなその当時は、まだとても不安でしたが「しっかり育てる」という意味はあのチェックマーク事件の折に、木暮先生自らが態度をもって私達に教えて下さった“私は引かない”という姿勢と気迫そのものと受け止めて参りました。
最近、私は娘の学校のお母様方に年頃の娘達の接し方や勉強のさせ方の相談を受けました。悩みを伺うとある共通の問題があります。携帯、メール、インターネットの事、帰宅時間、そして受験が終わってから机に落ち着いてつかないという事。どれもNormが成長していました。私は『英心』で教えて頂いた事を少しでも皆様に伝えたくて、私の経験をお話致しております。私にとっての『英心』の教育の「心」とは、小学校受験という貴重な体験を通じて、子育てに必要な親の心構えと子供を伸ばす方法を、更には子供達には広い意味の学ぶ楽しさと個々の良さを発見し認める勇気を教えてくれる「心」と思っております。私共は合格という形で『英心と木暮先生』に恩返しをする事が出来ませんでしたが、それにもかかわらず、卒業して7年も経っておりながら未だ『英心』が心の大きな支えでもあり、かつ『木暮先生』を頼る事ができるのは、『英心』という場が単なる小学校受験で完結される場所ではないからです。