【小学校受験情報】お受験の悩み相談は指導歴30年の塾長が解決〔吉祥寺英心@塾〕

“お嬢様は立教女学院”_入会時にお約束した偏差値37からのお受験

☆ケースその25 言い逃れよりもやるしかない

私が合否を決定するわけではないのに、なぜか確信めいたものがありました。
年長の春になり、お父様が“最難関コースへ在籍し続けるのは経済的に厳しい”と申されました。
私は“立教女学院へ合格できるのになぜですか。”
父親は誰もが知る大手企業に勤務されていました。
私は“ゴルフを月1回にするなり、仕事の接待を月1回減らすなりして捻出できませんか。”と食い下がり承諾を得ました。
“只今、偏差値37、最終的に57でお考えください。”と断言。
そうは言ったものの、彼女は入室来低空飛行。
私は自分で言ったことを後悔しました。
このままでは立教女学院どころか、すべての志望校に不合格。
どんな言い訳をしようか…、頭をよぎりました。
エイッ、面倒くさい、言い訳を考えるよりも、合格させよう。
夏期講習会のお盆休み明けあたりから、けじめのついた彼女は偏差値を53まで上げてきました。
そして、合格発表の日…。
その時代は、ほとんどの私立小学校では学校に出向いての合否発表でした。
発表を見るのが怖くて、母親とお子様は立教女学院近くの喫茶店で待機。
やがて、窓の向こうから肩を落とし放心状態の父親が歩いてくるが見えたそうです。
その姿に母親は覚悟を決めたそうです。
父親が喫茶店に入るや、何ら言葉を発するでもなく紙封筒を差し出したそうです。
紙封筒の中には『合格証』
人目もはばからず、親子3人してうれし泣き。
その足で、英心へやって来ました。
まずは、入室するやお子様が“先生ッ、合格したよ。”と満面の笑み。
“やったねッ、おめでとう!”私は感動のあまりお子様を抱き上げました。
次に母親が“お蔭様で合格することができました。”と笑顔でひと言。
一足遅れて父親がやって来て、未だ放心状態でひと言も口を開くこともできぬまま帰られていきました。
感極まってのことでしょう。
後日、“今となれば、正直にお応えいただけるでしょう。”と、父親にあの時“私の言ったことをどう思いましたか。”とお尋ねしました。
父親は“今だから正直に言いますが、なんていい加減なことを言う先生だと思いました。”とおっしゃいました。
立教女学院だけに合格を果たした【お嬢様】…、先生もお約束を果たすことができました。